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662:20周年、節目の年に


「会社設立できたよ。」

と謄本の原本を手渡された時
『これが会社を創るってことなんだなー』 と、
感慨深い気持ちになったのを今でも覚えてる。

そして、会社って実は書類なんだなぁって同時に感じたのが懐かしい。
(ティアマットホームページ前文)



有限会社ティアマットは今年で20歳


来ましたよハタチ!

いよいよ成人式です。
ただ成人式は20歳になった年の、1月が成人記念日なので
その日が来たらもう一度成人のお祝いをやりましょうか(笑)

今年もお花のプレゼントを頂きありがとうございます。
20周年の節目だからか、いつももより多くの方から頂いてしまい恐縮です><


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【今年の新卒↑福村君:ヨロシクネ】


これは最近毎年想う事なんですが、節目の創立記念日を迎えるたび
自分の思っていた○○年目にはなってないなぁ、。って

これは自分が望んでいた未来と今との乖離
自分が望んでいた将来とは、違うなぁってのがあるんだろうなぁって思う。

もちろん到達できなかった理由には、自分ひとりでやっている会社ではないので、色んな要因があり、簡単には行かないって事もよーーっく分かってるつもり

そして今の会社が気に入らない!って言う話ではなく
思い通りにいかなかった事を、ただただ悲観するではなく、まだまだそっちへ舵をキレルゼ!って毎年想ってる。


なので、今自分は○○が出来たら、これこれをやろう
△△が決まったら☆へ行こうじゃないか!なんて

小規模の目的を立てて、それを超えるように頑張ろうと思っている

だけどその小規模の目標も、なかなか思うように越せずにいるうちに、今回のコロナ騒ぎの様なこともあったりして

自分が進みたいように進めないなー、なんて思ったりもする


だけど物は考えようで、今回このコロナがあったから○○に届かなかった、という言い訳も出来るワケで、公的な時間稼ぎが出来たともいえるワケで。。。


もちろん言い訳で時間を稼いでる間に、届かなかったモノのと差を埋めるようにしなければ、時間を稼いでも意味がない。

運よく社会が停滞していた。

ってそんな風に考える事は出来ないものかと、最近はそう言う風に考え方をシフトしている。


***


10周年を迎えた時に、開業した時にお世話になった人や
残念ながら縁の切れてしまった人へDMを書いた。

今年はこんなご時世なのもあるから、それはしないつもり。

でも1年目が無ければ20年は無いわけで、今年は節目の年はこんな時期に重なっちゃったけど、今までのご縁も必ず返そうと思う。

何もかも、コロナの前に戻るのはすんごい先になると思うけど
もうちょっと肩の力を抜いて、外を歩ける日が来て欲しいな。


21年目もよろしくお願いしますΨ(`∀´)Ψ


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【なんか良い予感がしているのだ】
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637:やる空気


だいぶ間が空いちゃいましたが、やる空気感のお話を〆なきゃ(笑)

何話か前の続き!!

(遡ったら10月じゃんね:もはや続いてないw)


***


想えば、ティアマットという技術職の会社を19年経営してきて
全員が全員、【やる空気】に包まれて励んできた時の方が少ないと思う。


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【彼はやる気がなくて寝ているワケではないw】


その状態になるのが理想だけど、そうならない時
むしろやらない空気の方が陥りやすいと思う。

でも記憶を呼び起こすと、それが数は少ないけどやる空気が普通に出来ている時もあった。

ただそれは全員が須らくそうなっている瞬間ってのは限りなく少なく、誰かしらがサボりたい空気を出している時のが多かった。

そんなティアマットにも特に【やらない空気感】が蔓延していた時があって。


その時期に中途で入ってきた技術者に

「なんでここのアシスタントは練習しないんですか?」

って言われたこともあった。


ただ↑の中途技術者にそうは言われたけど、
これまでのティアマットは、やらない空気が見え隠れはすれど、
全員が前を向き続けるのは難しいながらも、それなりにティアマットは【やる空気感】のある店舗だったと自負はしている。

でもその中途技術者に指摘された時は、確かにその時のティアマットは
私が今まで見てきた過去を振り返っても、今まで史上最も技術練習をしない空気だった。


だけど、私的にはその時そうなってしまっていた原因や事情も理解してたし
その時に無理矢理前の空気に持っていくことが難しいのも感じていた。

その時のティアマットは、【やらない空気】が超優勢で、
その時入社した新人からしてみたら、その空気が普通なワケで、
それにならって新人も【やらない】という
とても悪いスパイラルが続いている真っ最中だった。


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【なんともシュールな画像を見つけてしまったw】


そのやらない空気は重々承知していたが、その根本の理由が解決しないと、やる空気の方に無理矢理持っていくことってとても難しいのだ。それも感じていたからジレンマもあったのだ。


その時私が考えていたのは、無理矢理軌道修正するのはきっと出来ないだろうから
状況を改善しつつ徐々に解決していって、なんとなく元に戻す方が私は良いと思っていた。

やはり【やらない空気の先輩】が多ければ、下の人間はそれに倣う


もしやる気のある後輩だったとしても、上が白けてれば自分だけ頑張ったってしょうがないやって思ってきちゃう。

これは、やっぱり難しい問題だと思う。
私みたいな立場の人間が、尻を叩いても個々が立ち上がってくれなければ、やる気のある人間も後ろに引かれてしまう。


ちなみに今は、少しずつ【やる空気】になってきているので、この調子で行けるとイイなーって思っている。


***


実はもうあった人も居るかもしれないけど、10月からティアマット一家に加わった人間が二人いて

一人は、かつてのティアマットメンバーの一人


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去年の社長ぶろぐにもちょろっと出たけど、8年ぶりに復帰の野口

今も子育て中ではあるんだけど、お手伝いすることになった。
いよいよそういうメンバーも出てきたなぁって嬉しく思う。

ここを守り続けてきたから、戻ってこれる場所になれたのだと思う。

彼女は古き良きティアマットを知る一人でもある。


その色も少し取り戻しつつ、やる空気を高めていけたらなーってそんな風に思います。

614:19歳! 大学生かぁぁあ


「会社設立できたよ。」

と謄本の原本を手渡された時
『これが会社を創るってことなんだなー』 と、
感慨深い気持ちになったのを今でも覚えてる。

そして、会社って実は書類なんだなぁって同時に感じたのが懐かしい。
(ティアマットホームページ前文)



有限会社ティアマットは今年で19歳



大学一年生! やぁぁ大学一年生かーーーぁ


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【毎年頂いてしまい、恐縮です:ありがとーございます】


自分が19歳の頃に何をしてたかなーって、、、


あ…

交通事故だ。。。



19歳の誕生日を迎えて、そこから数日経ったある日の夜
人生初の交通事故にあい、人生初骨折手術そして入院生活を迎えるんだった。

私が膝が悪いって話をここにも何度も書いてきてますが、その原因になったのがこの交通事故で

ちゃんとリハビリに通わなかったのがいけないのか、当時の医学の限界だったのか
私の膝は変形して、いまもそれは治っていない。(写真は載せぬ!キモイから


そしてそれが原因なのか分からないですが、その先の人生において足のアクシデントは必ずその時骨折した左脚。

きっとこれは一生付き合っていかなきゃいけないんだと思う。


話がこっちに来ちゃったので、もう今日はこの話にしよう(笑)


***


この時のこの骨折入院生活は、早く大人になって自分で稼げるようになりたかった私にとっては、大きなショックで

また、この時3つ年上方とお付き合いしていたのもあって、背伸びしたかった時期でもあった。

そんな想いが強い中での、学業のストップはとてもつらかったのを覚えている。


運勢というものが決まっているのだとするなら、これは必然だったのかもしれない。

運勢というものが流動的なものだとするのなら、これは今後の人生を大きく変える出来事だったのだろう。


実は私が文字を沢山書くようになったのはその時からで、入院日記じゃないけど時間ばかりが沢山ある毎日なので

想いを書き残すようになったのは、その入院生活がキッカケだったように思う。

その時のノートはきっとまだ実家にあるんだろうなぁ。
今度実家へ帰ったら読み返してみるかなー

ただ、そのノートに書いたことに関しては、
自分の想いが詰まりまくってるので、内容は今のところ忘れてない(笑)

ちょっと照れくさいけど、キザに一生懸命書いた記憶があるよ。


***


そんな私の19歳は一先ずおいといて(メインな話題になってしまったががが)

19歳になったティアマット
いよいよ20年目のシーズンを迎えました。

自分が望んでいるようなカタチにはまだまだ遠いけど
必ずいつかはその日が来ると信じて、前を向いて歩きます。


来年のこの日が良い日でありますよーにっ☆


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  【繁栄を願う男】

606:その時私はどう想うのかな?


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いよいよ元号が変わりましたね。

生前退位が発表されてから、まだ時間あるよなーって思ってたんですが
来てしまってみると、あっという間にその日が来ましたね。

きっと東京オリンピックもそうなんだろうなぁ。
いつの間にか当日が来て、気が付いたら終わっていて。。。

そんなものなのかもしれません。


***


私個人的には、今回の生前退位は良かったなあって思うところが沢山あって

令和という新元号が発表されてから、平成を回顧する番組や特集なんかも沢山ありましたよね。

これって、もし崩御されてからの新元号とかであったら、こんな特集組めるわけないし

「存命中になにやってんた!」ってお叱りも当然だろう。


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【どの新聞各紙、こんな感じでしたね】


こんなことを言ってはいけないのかもしれないけど
人は必ず寿命を迎える。それは陛下も例外ではない

その日が遠くないと確信があっても、それを前提に表立ったことが出来ないというのは、実際には不自然な事だと私は思う。

今回の退位、新天皇即位というのは、そういう不自然な部分を逆に歓迎ムード、お祭りモードにもっていけたという意味も、私はあったと思う。


***

heieii_20190430141018b45.jpg最後の日は、普通に出勤だった。


でも、道すがらの雰囲気はいつもの4/30とは全然違っていた。


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【通りかかった時は、少し前に皇太子さまが通った後だったっぽい】


でも、私は嫌なイメージを持たなかった。

むしろ『ご苦労様でした』という感謝の言葉が自然と出ました。


私は昭和生まれではありますが、昭和の後半の生まれで
でもそうは言っても、昭和の50年代に小学校へ通い
今の自分とは時間軸の違う、一日の長いそして濃い少年時代を過ごした。


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50年も続いた昭和を疑うことは無く、昭和が終わる日が来るなんて考えたこともなかった。

それ故、気持ちとしては平成よりも昭和の方への想いは強いと思う。


自分達よりもう少し下の世代になると、昭和生まれであっても記憶のほぼすべてが平成になるだろうから、
きっとまた自分達世代とは違った感覚になるのかもしれないね。


shouwakaikan.jpg  shouwakaikan2.jpg
ここ、めっちゃ楽しかったもんなぁ。。もう10年前だ】



ただ、いつだったか書いたことがあるけど
その時は半分ふざけて書いたけど

今日までの私の人生の、大部分が平成時代を生きてきたことになり
人生における大きな出来事は、全て平成時代で行ってきた。

また、昭和から平成になったのも、もうしっかり自分で物事を考えられる年齢であったし

平成の記憶というのは、ぼかされずに全て記憶にあるとも言える。

私は平成時代を生きてきた人間なのだと思う。


***


30年で元号が変わるのと言うのは、私は良いと思う。
まぁ出来るなら、1月で変わって欲しかった気もしますがが


きっと私は、もう30年くらいは生きると思う。
そしてこの先の30年間は、私は人生の円熟期を過ごすことになると思うんだ。

もしまたここから30年令和の時代が過ぎて、またさらに新しい元号に代わる日が来るとして

その時自分はどう想うのだろうか?


思い入れの強い昭和
人生の主要部分を生きた平成
人生の円熟期を過ごすことになる令和


その時わたしは、どう想うのかな。




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【私は使っていた記憶あるんですが、地域差あるみたいですね】

601:夏へ向かうのか?冬へ向かうのか?


前回の続き!!


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       【今回も字ばかりですぞ】



ティアマットの歴史の中で、一番の大ピンチは実は2014年にあって
ここには書いてないんだけど、本当に一歩間違えれば廃業してたかもしれない時があった。(売上不振ではない)

その時のストレスは相当なモノで、
イメージするなら、それは強烈なカウンターパンチで、
一撃でノックアウト寸前に追い込まれたような感じ。

またその時期は、赤坂という街の環境が大きく変わるタイミングと重なり
その後そのショックはしばらく続き、私自身の人生を大きく変えるキッカケにもなった。


もしあの時が、ティアマット言う会社における、真冬の大寒波だとしたのであれば
そこから徐々に季節が変わって、これから夏を迎えることになる(ハズ

ただ売上や利益はどうだったかというと
その時期は決して大寒波だったわけではなく、
過去最高利益という観点からみると、2014年が真冬だというのなら、それは当てはまらない。


ここ数年は2014年の事件の様な、そういう強烈な一発をおみまいされた事件事故はない。

ただ会社の歴史って大きな目で振り返ると、全然大きな波ではなく、
一見すると穏やかに過ぎたようにも見えるんだけど、つねに心穏やかでハッピーだったかって言うとそうでもなく

どちらかというと、心健やかに晴れる日が長くは続かず
【少しだけ辛い時期】が断続的に、長く続いているような感覚がある。


例えるならこっちのパンチが常に空振りで、また支援に恵まれず徐々に体力を削られ続けた、という印象。

なので、累積ダメージが多かったなあってそんな感じだ。


もちろんその思うような支援がなかった、ってのも

『だろうなぁ、、』

ってもがほとんどだったので、
それはそれでまぁいっかって、スルー出来たんだけど


『ええ“!? そうなの??』

『それは想定してなかった!』



っていうケースも多々あり、それが自分を苦しめたんだと思う。


***


何か良くないイレギュラーが起きる時って、大体その半年くらい前から兆候がある。

その予感めいたものを、時間が解決するだろうとほおっておくと、後にアクシデントとしてやってくる。


私はきっとこういうのを嗅ぎ分ける感覚が、他の人よりスルドイのだと思う。
なので過去に起きたアクシデントは、反省として生かすことが出来た。

が、今回自分を消耗させたもののキッカケがいまだにわかっていない。

ただ、その原因が分からない代わりに、それこそ自然消化してしまってもいる。


こういう事もあるんだなぁ。ってそんな風に今は思っている。


***


P10042.jpg
    【この絵も古くなったなぁ。。】


ティアマットは今年の6月で19周年
いよいよ20年目のシーズンを迎えます。

12年括りで、誕生時が冬と教わったのでこれから徐々に寒くなるのか?

それともティアマットが今の場所に移ってから15年目になる今年、これから夏へ向かうのか?

計算しだす位置で真逆になっちゃうんだけど、どっちかっていうならイイ方を信じたいよね(≧∇≦)/


今日はこんなおはなしでした。


ってね、ほら結局分ける羽目なっちゃったじゃんか
結局2000文字を、よゆーで越えちゃってるじゃんね、今回Ψ(`∀´)Ψ(笑)


おしまい

プロフィール

仲野 蓮

Author:仲野 蓮
千代田線赤坂駅徒歩0分の美容室ティアマットTiamat)の社長であり、トップスタイリストでもある蓮(ハスではない、レンと読む)は、「ちょっとした」文でさえとっても長いのが特徴です。プロフィールはこちら

コラム:ティアマット社長 蓮が美容業界を語る こちらもよろしくお願いします。


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