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199:私をスキーに連れてって!

今回の社長ぶろぐ、実は3/11にアップ予定でした。

だけど、震災以降ずっとアップするタイミングを逸してまして
このまま葬っちゃうのは、なんだかもったいないので
改めてアップすることにしました。

時期的におかしい文章になってますが、ご了承くださいませませ


***


元々思い立っての一人旅の多い私。

さらに去年から温泉にハマりまくっている私ですが
冬になるとどうしても行動範囲が狭くなる。

寒い中出掛けるのがイヤってのもあるんですが

なんと言っても、一番の理由は【タイヤ】だ!!


そして私の所有する車は、
スポーツタイプのクラウン3.5lおまけにFR

これまた、まーったく雪道に向かない仕様である。アッハッハ
     

     yukimitinimukanaikuruma.jpg
         【雪道に全くむかない車】



スキーなどで雪山へ行かなくなってから15年
ずーっと車は所持し続けているけど、スタットレスは未だなし。

チェーンの様な装備は常に携帯してるけど
ほとんど使った事がない(上手に巻ける自信もない)。


だったら買えばスノータイヤを買えばイイじゃないか!
ってそんな声が色んなところから聞こえてきますが、

どこへでも車で行く、今年車検の私のクラウンは
新車で買ったにも関わらず、2年半で走行距離がなんと46000km

このペースで行くと5年経過する頃には90000kmを超える。


そんなのもあって、今なんとなーく買い替えを考えていたりする。


ただ、今の車の状態は絶好調なので、
普通に車検を通して乗り続けるにまったく問題なないのだが、
この車のタイヤは高く、4本で40万近くするので
今買って良いものやら、かなり悩むのである。

これがスキーを再開したいのだが、
なかなか始められない大きな理由になっている。


誰か私をスキーに連れてって!!



と、そんな中だいぶ暖ったかくなってきたので
今年初めての箱根温泉に行ってきました。(晴天)


目的は温泉なので、私としては観光するつもりもあまりなく
特にどこにも寄らないでいいかなーって思っていたのですが
今回は一か所だけ【ポーラ美術館】ってのに寄ってみました。


うん。また来よう

何年か前に彫刻の森へふら~っと行った時と似た感覚に襲われる。
ん~やっぱり私は絵が好きみたいだ


    choukokunotama.jpg




翌日、6時頃一回目が覚める。

雨が降っているようだ。


8時頃起床。


なにーー雪が降ってるじゃないか!!




そう言えば天気予報で言っていたな、まぁ平気だろう。




そして朝食後、再び温泉へ

雪を見ながらの露天って最高ダネ☆



yukinokoushien.jpg
       【この時はまだ余裕があった・・】




そしてチェックアウト、駐車場へ向かうと

なんと20cmくらい雪が積もってやがる!!


この3時間くらいでこんなに積もっちまったのか!?

恐るべし箱根!流石山間部!!


大丈夫、一応雪の装備は持ってきている。(巻ける自信はないが。。)

轍をたどればまぁ平気そう。


そんな訳で帰路へ向かう私。


道中、最高にお気に入りのローストビーフを
内緒な肉屋で買って帰るのも忘れない。


雪の景色は綺麗だなー♪

雪はさらにじゃんじゃん降ってくる。



yukinohakone.jpg



おや?

なんでこんなところが渋滞してるんだ??って思っていると
ナント乗用車がスタックしてる!!

しかもその先何台も

そう、主要の道路にもその時点でかなり雪が積もっていたのだった。


私の車にはスノーモードがあるので
アイスバーンになっていなければ、オオゴトにならないけど
それでもかなり緊張した。(ちょっと路肩へずれると雪が深いから)


このトンネルを超えれば、後は一安心というトンネルが
見えてきてホッとしていると

対向車線、そのトンネルから出てきた乗用車を
なんとなーく眺めていたら、ツツツー左の方へ
そしてそのまま路肩に落ちた!!!!


ガッシャーーーーン!!




なにーーー!!!?




対向車線なうえ、そのまま私はトンネルへ入ってしまったので
助けに行く訳にも行かず、その車はどうなったのかは分からない
恐らく、地元の救助隊に「これだから観光客は・・」
などとぼやかれながら救出されたのだろう。


が、私はその瞬間を思いっきり見てしまったってのもあり
帰りの道中ずーっと、その落ちる光景が頭から離れなかった。

その光景は私にとってけーっこうショックだった。


私は帰り道だったけど、きっとあの車はこれからだったハズ。
それを考えると、思いっきり気の毒になる。



その日の大雪と積雪量は、不意打ちではあった。

だけど、にっぽんに住んでいて雪の降るエリアであれば
いつ見舞われてもおかしくないはないのだ。


それを今更ながら考えながら
「ん~スノータイヤを買おうかなぁ、どうしようかなぁぁあ」

と、悩む私がいる訳だ。


今年の雪のシーズンは流石に終盤だし、今は買わない。

ので、次は12月ごろにまた悩むんだろうなぁー


そしてまたスキーリベンジが遠のくのだった。




おしまい



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198:松井家の人々その3【大人になった私達】

itoko10.jpg



今日のぶろぐは【松井家の人々】の続きです。

その1 大洗と言う町←はこちら 
その2 加世子の結婚式←はこちら 


一応これで松井の従兄妹物語は完結です。(たぶん。。気が向いたらまた書く)
とてもとても個人的な話題に、お付き合いいただきありがとうございました。


***


楽しかった思い出の多かった、母親の実家大洗だが
いつのまにか、大洗の【いきなり大家族スペシャル】
徐々に揃わなくなってしまっていった。


私達松井従兄衆も順番に中学、高校と成長を遂げるにつれ
夏休み冬休みが、だんだんと家族の為のモノから
友達や恋人と過ごすためのモノへと変化を遂げ
そして新しい家族と過ごすモノへと変わっていった。

それは当然の流れである。
実際にそうじゃなきゃイケないんだとも思う。


ただ私の様な歳が上の立場の人間からしてみると、
至って自然にそうなっていったのだが
下の方の従兄妹達からしてみると、急に足が遠くなった
大人になった従兄妹達を見て、
もしかしたら寂しい想いもしたのかな。なんて今は思う時がある。


大人になっていく事は、自然と環境が変わっていくことでもある。


そうやって【松井従兄妹物語】は少しずつ形を変えていったのだった。



私も中学に進学してからは、盆暮れに大洗に行った記憶はない。
次に大洗に足を運ぶようになったのは
オートバイの免許を取ってからの事で、その時はほとんど一人だった。


最後に全員揃った【いきなり大家族スペシャル】から20数年
次に全員集合したのは、おととしの大洗のおばあちゃんの告別式。


私達従兄衆もさらにもう少しだけ大人になった。


最近、本当にごく最近の話。


20代の前半に結婚し、子育てのある程度目途の付いた従兄達。
おばあちゃんの介護から解放された叔母一家。

そして修行時代の時間もお金もない立場から、
少しは金銭的にも時間的にも贅沢が出来るようになった私。

また少しずつ時間を合わせられるようになってきた。


きっとこれからまた、そういう機会が増えていくんだと思う。


楽しみだな。



ところで、実はその【松井一族】
松井の名字を継ぐ人間がもうほとんどいない。

ここのところ、というかおばあちゃんが亡くなってからずっと
その母方の松井の姓を名乗ろうかとずっと考えている。

いきなり、違う名字を名乗るのは本人的にも慣れないのだが


『松井 蓮』


そんなに悪い響きじゃないよね?

これに関しては、もうちょっと悩んでみようかと思う。
もしアドバイスがあったら、プリーズだぜ!




子供の頃いつも6人で、泥だらけになって遊んだあの頃が懐かしい。

その6人が今やこんなに増えた。


itoko11.jpg



大家族スペシャルってやっぱり素晴らしい。



そして、いつの間にやら松井家のリーダーに任命されている私。
今度はみんなで旅行とか企画したら楽しそうだ。

しかし、みんな大人しく従うかどうかが
大いなる問題点でもある。(みんな自分勝手だかんな!)


tegami.jpg


←親族に対する想いが伝わった人はクリックだ!

197:松井家の人々その2【加世子の結婚式】

コラムアップしました! よろしければどーぞー!!

 業界を語るコラム→http://lenstly.blog.shinobi.jp/


***
 

松井一族の続編ぶろぐです。

すぐにアップするつもりだったのですが
ちょっと都知事選に気を取られていて遅れてしまいました。

前々回のぶろぐ、195:松井家の人々その1【大洗という町】の続きです

ではよろしくどうぞ!!



***【松井家の人々その2:加世子の結婚式】



前回の社長ぶろぐで紹介した、そんな【松井の従兄衆】
その6番目にあたる従兄妹の結婚式が先週あった。



いやー、親族席って全然何も気を使わなくって楽だネ☆
思い返せば、こういう座っていればイイだけの結婚式ってのはあまりない。


というのは、普段の結婚式では何かと頼まれる事が多いのだ。


それはスピーチであったり、社員であれば祝辞もやらなきゃだし、
何より参加する式で、誰かしらのセットを頼まれる事が多い。


まぁもし、私と一緒に同じ式に参加する事になったら
そりゃー頼みたいよなぁ、とも思うんだけどね。

だから今日の結婚式は楽しいだけでいいのだΨ(`∀´)Ψ



余談だけど、妹の結婚式をグァムで行った時
私はひたすら親族のセットメイクをやらされていて
自由時間などほとんど皆無で、もう二度とやらないと誓った。


大体みんな

簡単でイイから、とか、チャチャッとやってくれればいいから」

なんて無責任に言うけど、そうはいかないのがプロの仕事でしょう。
私は一応、この世界ではそれなりのキャリア。
やるからには、きちんとやらなければ名が折れる。
安易に簡単でイイとか言うんじゃねぇ!!


ま、それは今日はおいとこう。



基本的に私の松井家の親族共は無駄にあかるい。
人見知りなど、「何ソレ美味しの?」って勢いだ。

そんなやつらが集結する訳だから、遠慮などまったくない。



当日は上記のとおり、久しぶりの何も頼まれていない、
喜んでいればイイだけの、おめでとうオンリーの式だったのだが
横の従兄妹衆1号が真ん中にある花瓶の花を頭に刺しはじめた。

そうなってくると、即席ヘアメイクを始めてしまう私。

これはもう半分病気なんだと思う。Ψ(`∀´)



happa4.jpg




そして今日は写真を撮る時、必ずみんな従兄妹番号を出そうと提案。

みんなもそれには賛成だったようで、
写真を撮る時にはその数字をだしていた。


itoko4.jpgitiko9.jpg



私は2番目なので、2を出すのだが
どう頑張っても、ピースサインにしかみえないから
両手で1を出してみた。そしたらただのおバカさんの様だったゼ。 


久しぶりに集結した松井一族
相変わらず、うるせーし図々しーし自分勝手だ。


でも誰かの言葉を借りれば
「バカになれるおりこうさん達」


皆が利口かどうかはともかく、とても楽しい連中だ。




その日の主役は、当時一番下でいつもオミソだった加世子。
                (オミソは東京の方言かもしれん)


そしておばあちゃんが脳梗塞で倒れてから、亡くなるまでの
約8年間の自宅介護を献身的に行った、一番年下の加世子。
彼女の介護なしでは、おばあちゃんのロスタイムは語れない。

その日彼女は自分の為に用意された自分の幸せの席で
最高の笑顔を見せてくれた。


色んな意味で素晴らしい一日となった、
こういう日はそうはない。



私から6番目の従兄妹加世子へ

『これからは自分の幸せにもうちょっと時間を割くんだぞ!』




『そして新郎君、これからは親戚づきあいヨロシク(*・∀・)ネ!!』


itoko9.jpg


その3へ続く!!



←楽しさが少し伝わった人はクリックだ!


196:都知事選のあった夜のお話

都知事選のあった当日、かく掲示板では様々な意見が飛び交い
私が普段から利用しているソーシャルネットmixiでも
当然ながらこの都知事選についての話題に溢れてました。


選挙と言うのは様々な想いや大人の事情が絡んできます。

どの意見も尊重すべきだと思いますが
この日のmixi上でのこの話題の書き込みは、
あまりにも稚拙な文章も多く
思わず勢いで書きあげたぶろぐが下のものです。


結果としてかなりの反響があり、
普段から考えられないようなアクセス数でもあったので
こちら本家社長ぶろぐにも転載しようかと思います。


これはあくまで私の主観からくる意見です。
皆さん様々な意見をお持ちだとは思いますが、それもイチ意見。
私のこれもイチ意見です。

どうかお気を悪くしないようお願いします。


【続きは↓こちらをクリック】

more...

195:松井家の人々その1【大洗という町】

今日は久々に地震の話題以外の社長ぶろぐです。


【大洗の松井一族】


それは母方の親族達で、私にとってはとても大事な存在。


今週の日曜日に、その親族の結婚式があって
久々に集合したので、その想いを今日は文章にしようかと思う。


以前から書こう書こうと思っていた内容なのですが
話し出すとちょー長文になりそうな予感がプンプンしていたので
ずっとタイミングをうかがっていたのですが
今日は思いきって書いちゃおうかと思ってます。

どれくらいの文字数になるかは、ぜむぜむ見当がつかんぜ。アッハッハ-


とりあえず、長くなりそうだったら何部かに分けるつもり
一先ず、興味のある人は付き合っておくんなまし。


***


以前、大洗のおじいちゃんそしておばあちゃん
話題にしたぶろぐを書きましたが
今回の東日本大震災の被災地の一つでもある大洗というのは、
私の母方の実家でして、今でも私にはとてもとても縁の深い場所なのだ。


昔から母方の3兄弟は仲が良く、そんな仲良し松井一族は
何かにつけ、大洗の実家へ集合していた。


     matsui.jpg
【これはきっと50年くらい前の写真だと思われる】


当時の大洗という町は、
今回の津波でのみ込まれてしまった、アウトレットモールや
マリンタワー、海鮮市場やかねふくの工場などは当時まだなく
地元の人達の親族や、たまに群馬栃木の海水浴客が来る
観光地とは程遠い、いかにも田舎の港町だった。(なまりも酷い)


海と涸沼しかないそんな田舎町大洗村でしたが
兄弟同然に育った従兄妹達といつも一緒だったから
楽しかった思い出しかない街でもあるんだ。



私の母親は3兄妹で、さらに各家庭2人ずつ子供がおり、
私も含めると当時全部で6人。

さらにその6人は4学年の中に6人が集中しており
私にとっては兄弟同然ともいえる存在だった。
     (後に私の兄妹に3番目が生まれ7人になるが、学年的にはかなり離れてしまう)


特に盆暮れは、大人8人(じじばばを含む)子供6人の
いきなり【大家族スペシャル】が誕生し
それはそれは賑やかで、楽しくてしょうがなかった。



ちなみに私は上から二番目にあたり、一番上の男ってのもあってか
例によっていつもエラソーに皆を先導しており、
現在の人格形成に多大な影響があったように思える。(反論は聞かぬ)


おーし海へ行くぞー 駄菓子屋行くぞー!Ψ(`∀´)Ψ
毎年そんな調子だった。


大洗海岸(岩場が多く貝や岩ノリが取れる:私達は岩場と呼んでいた)
大貫海岸(後の大洗サンビーチ:遠浅の海岸でなぜかこっちを海と呼んでいた)
の二つの大きな海水浴場があり
その間に家のある私達は日替わりで、海へ行ったものだ。

眠い目をこすりながら、初日の出を見に行った海岸も大洗海岸。

初詣だって当然大洗神社

当時は初日の出の意味なんて、サッパリ分からなかったけど
美しかった事だけは覚えてる。

それもきっと皆で行ったから、余計記憶にあるのだと思う。



4学年に6人、一番上と一番下は4歳差で近いけど
その頃の一歳違いといったら、今の年齢のソレとは大違いだし
従兄衆6人の記憶は、当然相違するのだろうけど

私が記憶している限りでは、私達【松井の従兄衆】は
驚くほど仲が良く、いつも全員一括りで行動をしていた。


私はその、みんなが集まるその時が大好きで
毎年、待ち焦がれていたのだった



だけど、子供の頃の思い出って時に希薄だ。

思いだそうと一生懸命になればなるほど、いつも同じ場面しか出てこない。
記憶ってこういうもんなのかもしれない。

だから、大人になってから『あの頃の話』をしあうと
自分が思いだせなかった記憶が呼び起こされたりして楽しい。


それもあって今回の結婚式、私はかなり楽しみにしてた。
きっとその想いはみんなも一緒だったんじゃないかな。


と、私は勝手にそう思ってる。



私にとっての大洗というのは、母親の実家と言うだけの存在ではない
子供の頃の楽しかった思い出達がギュギュギュっと詰まった
そんな街でもあるのだ。



   itoko2.jpg





その2へ続く!!



←仲の良い親族の居る人はクリックだ!!

194:地震のお話8つ目【少し離れて考えてみる】

震災直後から自転車に目を付けたヤツはやるなーって思ってましたが

もう一枚上手だ!というかなるほど!!って思ったのは

折りたたみ自転車に目を付けたヤツ

                img10114127331.jpeg


即座にこういう発想ができる人は、柔軟な思考を持っていて
パニックになりにくいんじゃないかな?って個人的にそう思う。


ちなみに私は思えなかったよ><


**


地震のお話も今回のぶろぐで8つ目。またまた長文で失礼


一つのテーマをここまで短期間にアレコレ語ったのは初めてです。

我ながら感心の深さと、皆様の反応には色々考えさせられました。
特にいくつかのぶろぐでは反響も大きく
直接メールやメッセージを頂いたりしました。

多くの意見ありがとうございます。とっても参考になってます。


震災そのもの災害状況もだんだん全体像が見えてきて
原発事故の影響も懸念されますが、自分なりの対処方法が
少し分かりはじめてきた、震災後3週間

現在ももちろん、予断を許さぬ状況であることは間違いがなく、
節電をはじめ資源の節約、まだまだ切磋しなければいけませんね。


そうは言っても、

私の周りでは、少し状況は落ち着いてきました。震災直後の大混乱よりも、
情報の統制が取れてきたってのもあるのでしょう。


そんな事を考えていたら、今度は水か・・
そして野菜か・・・


西の方ではホウレン草と言うだけで売れないらしい。
それが九州産であっても。


んーー 気持ちは分かるんだがなぁ。



先日スーパーへ買出しに行った時に
普段通りお総菜が並んでるのを見て、ホッとした私がいました。

ついこの前、お米が買えないって騒いでましたが
お米は去年、豊作だっていってたぢゃん。
それでコメの価格が下がっちゃうのを懸念してたじゃないか!!
そんな風に考えればおのずと今自分に必要なモノは見えてくる。

無くなっているモノをみると、焦って自分もストックしたくなるという
集団心理は、気持ち悪くなるくらい理解できる。


レジも先週先々週と比べると、かなり落ち着いており安心しました。
冷静な人の方が実は多いんだなぁって思ったよ。



今回の災害時に、私は案外簡単に色んなものを手に入れる事が出来た。
それは誰もが一番欲しがるモノ以外のモノから買っていったからだと思っている。


今買わなくてもいいのだが、比較的よく使うモノ
ストックしても、かさばらないし多く流通しているもの。

だけど、こういうものは3番目位に早く無くなっていくのだ。


あ、なるほどコレか!

って思い当った人は、私と近い商人の血が流れているのでしょう



二番目の波が来た時には、またもっと別の視点で買い物をした。

すると今度は一番最初に消えたモノが、補填されてくる。
そうなったら焦らずにそこを抑えておく。

私は商人なんだなーって、とても思った。

だからと言って、決して買いだめとかしている訳ではないので
その辺は誤解しないで頂きたい。(家広くないし。。。)




そして今、皆も感じているとは思いますが

街が暗い(雰囲気が暗いという意味ではない)

現在首都圏では各企業各家庭節電を行っていて
今までの東京では考えられないような状態です。


ただ、これに慣れてくるとこれでイイジャンって思ってくる。

そう考えると、今までのネオンと照明は過剰だったのか?
と、そんな風にさえ思えてくる。


石原さんの「天罰だ」という発言に
                 脊髄反射した人間も多かったと思うけど

そういう意味では、私は大ハズレな意見だとは思っていない。
むしろ今までの自分達のライフスタイルを、
見直すいい機会になったのでは、と思う。



実際に私自身、自宅の節電や資源の節約に慣れてきて
結果として金銭的な節約にも繋がっている。



これは震災がなかったら、絶対にやらなかった事である。
見直すべきモノを見せてくれたのかもしれない。



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プロフィール

仲野 蓮

Author:仲野 蓮
千代田線赤坂駅徒歩0分の美容室ティアマットTiamat)の社長であり、トップスタイリストでもある蓮(ハスではない、レンと読む)は、「ちょっとした」文でさえとっても長いのが特徴です。プロフィールはこちら

コラム:ティアマット社長 蓮が美容業界を語る こちらもよろしくお願いします。


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