510:ぼくとバイクその2:小さな相棒


前回の続き!


人生初めての交通事故から復帰したその日。

左脚はまだ折れてるくせに、約二か月ぶりに自分のオートバイに乗れたのが、すげーー嬉しかったのを忘れない。


前回も書いた様に人生初のマイカーもすでにあり、それも最高に嬉しい相棒ではあったんだけど、それでも自分の足としては、ほぼ二輪の生活だった。

単独行動するには、なによりも便利だったし
やはり駐車料金や燃費なども車より安価であったというのも、譲れない事実だ。


その後の二輪人生で、何台もバイクを乗り継ぐことになるんだけど
一番長く、そして一番活躍してくれたのがコイツだった。


chisanaaibou1.jpg  chiisanaaibou4.jpg
【これじゃ全体的なフォルム分からないよね><次回までにイイ写真探しとく!】


排気量だって小さいし、はっきりいってパワーもない。
そんな中型の二輪のクセに、タンクとフレーム以外はすべて自分で手を入れたりして

無茶させまくったそんな相棒でもあった。


おまけにそんなローパフォーマンスな性能にも関わらず、無理して高回転させたり

こんなバイクで普通なら走らないような林道に挑戦したりして、案の定パンクしゃちゃったり

転倒も一度や二度じゃない。
自分もバイクも傷ついたり、不便な想いも散々したけど
でも私はコイツに乗り続けた。

後に、もっと大排気量の車種を買ったり
そもそも初代の車種は、これより高排気量高性能車だったわけだし
旧車カスタムではなく、本当の意味での旧車にも乗ったけど
なんでだかこの小さな相棒は手放さなかった。


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【ENFIELD550:最高だったけど、乗り心地は最悪だった(笑)】


以前二輪マップというのがあって、なんて話を書いたことがあるけど
その時の道程は、ほぼこの小さな相棒と出かけた。

今思えば、この車種でそんな峠は、走るには過酷過ぎるし
街をチョイノリするような車種なのに、なぜか私はいっつもコイツで出かけたのだった。


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大体前日の夜に、その二輪マップを見ながら
どこらへんまで行こうかなぁ、なんて想いを馳せ
到着することが目的だから、その辺りの観光なんかするつもりはないし

強いて言うなら、その目的地についてのタバコ一服が目的(当時はまだ喫煙者)
この感覚ってバイク乗りならではの感覚なんだと思う。

少しお金に余裕が出来るようになっても、なんでか手放す気にならなかった。
私が勝手に思っているだけだけど、変な絆があった。


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【これは多分正丸峠、何気に結構な回数走りに来た】



またお金もないそんな時代に
週2日ある自分の公休日に、何もしないというのは若い自分にはどうしても耐えられず

ツーリングと言う名の、休日潰しだった日もあった事を私は否定しない。
お金もない彼女もいない、そんな休日を誤魔化したかった日もあったことを私は認めてる。


そんなとある年の、自分の誕生日

丁度公休日に重なるんだけど、何も予定がないので
なんとなーーく、小さな相棒と江の島方面へ向かった。

そう言えば行って観て気が付いたんだけど、去年ビーチバレーで行った浜だった、
そこはイベントのない普段の日は、基本的にサーファーしか居ないエリアで


tujidou.jpg  kuge3.jpg
【普段とイベント時との差が激しいのは、去年気が付いた(笑)】


そんな中、一人でビーチマットをひき、
日焼けをしつつ本を読んで、てきとーな時間を過ごし
んで、適当な時間に引き上げて

帰宅後、ビールを飲みつつ夕飯にピザーラ宅配をお願いして
したくもない、予定なんかしてないくだらない誕生日を過ごした。

でもなんだか凄い充実した誕生日になったのを覚えている。

これは今まで色んな誕生日があったと思うけど、想い出に残っている誕生日の上位。

きっと小さな相棒が居てくれたから、急遽発生した誕生日だったのだと思う。

そんな私の長い二輪人生のうちで、最も濃い時間を一緒に過ごした小さなな相棒は、私の本当につまらないミスで廃車になってしまう。


んーー
やっぱり終わらないので、さらに続く!!

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509:ぼくとバイク


もう降りちゃって久しいので、もしかしたら意外な気がする人も多いかもしれませんが

私ってもと二輪乗りだったりします。
しかもその時期は濃く、当時は【蓮=オートバイ】って思われていたくらい二輪の頻度が高かった。

18歳で車の免許を取るとほぼ同時に、バイトに明け暮れまくり
高校3年の2月には自分の車を持つことが出来た。


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【初めて買った車が↑、この話もそのうち書くかも】


でも私の中では常に、オートバイが中心で自家用車はサブだった。

そして就職して一人暮らしが始まった。
月給11万のスーパー安月給では、当然車をアパートの方へ持ってくるわけもいかず、実家へ置いておくことになった。


でも二輪の方と言えば、今の様に駐車禁止もうるさくなく
駐車場も借りなくても良かったので、貧乏人の私の足としては非常に重宝したのだった。


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【これは多分就職して2年目くらいの写真】


2005年に現ティアマットへ店舗を拡大したころ
駐車監視員の制度が始まり、一気に都内の二輪駐車事情が厳しくなったのと
社員も増え、自分の責任の量がどわわーって増えたのをきっかけに降りる事にした。


今日はそんな二輪の時代の思い出を少しだけ。


***


私が初めての免許となる自動二輪を取得したのは、高校2年の頃だったと思う(きちんと覚えてはいない)

なんで二輪免許が欲しかったのかなぁって、思い返すと
やはり仮面ライダーの影響が大きかったのかなって思ったり


sukairaida.jpg
  【仮面ライダーも世代が出るよね(笑)】


あと当時私の住む実家は、吉祥寺駅を使ってはおりましたが
駅から非常に遠く、どこの駅へ出るにもバスが必要な東京の田舎だった。

そんなのもあって、自転車で駅まで移動ってパターンも多かったんだけど

ある日井の頭公園駅前の坂道を、ヒーコラしながらこいでたとき
同級生が原付で颯爽と私に追いつき、

「腕につかまれよ、引っ張ってってやるから」


と、自転車の私を坂の上まで
引っ張っていってくれたのに、凄い衝撃を受けたのを覚えてる。

これが二輪を取る決定打になった。


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【何気に坂の多い地形だったりする。↑ちなみに坂の途中にある父親の友達の店】


初めて購入したのは、今は絶版になってしまったけど
Kawasakiのゼファーというネイキッドタイプのオートバイだった。


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   【今見てもカックイイ車種だと思うよ】


私の1stmotorcycleでもあるこのバイクの写真が、ほとんど残っていないのが残念だけど、ほーんとこれのおかげで世界が変わったと言っても過言じゃない。


行動範囲が数百キロ単位で広がり
文字通り一気に自分の世界が広がったのだった。


***


神戸へ行ってみようと、意気込んで出発したけど
気が変わって、福井へ着いていたりとか

ドラゴンズの試合を名古屋で観たいと思い、でも高速のるお金がないから
夜中一生懸命国道1号を走り続け、やっとの思いで到着したらナゴヤ球場の試合のない日程だったりとか。


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【初めての時は、何時間かかったのも覚えてないくらい長かった】


基本的に単独で出かける事が多かったけど、誰かと一緒に走るのも楽しかった。

同級生が一緒にツーリングへ行こうというので
勝浦方面に夜中走らせ、ノリで「バイクと革ジャン交換しようぜー」

って話になって、交換して暫く走っていたら
その同級生が、私のバイクで転倒して全破損してしまったりとか(革ジャンも当然ボロボロである( ノД`)


あの時代はデジカメの存在もなかったので(写ルンですはあったと思う)
これらの想い出は、一切写真には残っていないんだけど心に刻まれた想い出。


実は私の実家は↑にも書いた様に、どこの駅にも遠いっていうロケーションからってのもあって
親族のほとんどが、ほぼ一人一台の車もしくは二輪を所持している。

うちの家族も下の妹以外、亡くなった祖父も含めて全員自動二輪を乗っていた経歴がある。

ちなみにうちの母親は、60過ぎくらいまで
ずーっと250ccを乗り続けていた、私よりもツワモノだ(笑)


そしてその母親の250ccを借りて乗っていた時、初めての交通事故に合い、人生初めての強烈な挫折を味わうことになるのだった。


長くなってきたので、続きは次回!

でも多分次回でも終わらない!!

508:美容道徳


前々からちょこちょこと、美容学校の授業に外部講師として出る事のある私ですが
昨日、美容学校の授業に出てきました。


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   【美容学校の授業って、こんな風景】


普段は実際のサロンワークってこうなんだよー、とか
そろそろ就職活動期な学生さんに向かって、雇用側はこんな視点で学生さんたちを見てるんだよー、みたいな話をする事が多い。

その場合大体時間は、一時間単位で貰っている事が多く
毎度毎度どう話を組み立てていこうかってのを悩んだりする。(数時間喋りっぱなしだかんね)

だけど昨日の授業ってのは、私が今までやってきたようなタイプではなく
メインの外部講師は別にいて、そのお手伝いをするっていうか
ちょこっとその授業にお邪魔するっていうスタイルの、私にとってはとても気の楽な授業だった。

そんな自分がメインの講師でなかったってのもあって、昨日の授業はいつもとは違った角度で生徒さんの事が見れて色々感じたのだった。


自分も学生の頃そうだったんだけど、美容学生って自分が美容師の勉強をしているっていう自覚をあまり思っていない。

それは美容学校と言うモノが、俗に言う職業訓練校とは違って
国家試験に受かるための学校というのも大きいのだろう。
カリキュラムがちょっと実践から遠かったりするのだ。

また、私の時代は一年制だったんだけど、今は倍の二年かかけて卒業となる。

良く言えば、今のシステムだと就学期間に国家試験の勉強以外にも触れることが出来る。

ただ悪く言えば、一年間のカリキュラムを二年にのばしている感もあり、内容が薄く生徒たちがダレやすかったりする。


そんな背景がありつつの今回私がお邪魔した授業は、ヘアアレンジのクラスで
ヘアアイロンを使い、巻髪を一束にして簡単なアレンジを完成させるという授業だった。


issoku.jpg
【こんな仕上がりになる予定な授業】


ただ残念ながら生徒さんの進みも遅く、最後までは行きつかず
アイロンワークだけで終わってしまった。

メインの講師さんのテクニックも会話も、魅力的だっただけに少しざんねん。

きっと生徒さんたちには、このクラス自体の楽しさは別にして
ヘアアレンジという部分は響かなかったかなーなんて思ったりした。

その授業において生徒さんの関心は、アイロンワークではなく、
その講師の美容師としての経験談を聞いている時にあったように私は思えた。

やっぱり美容学生さん的には、講師が魅力的なら
そのテクニックも勿論だけど、その体験談というのはきっと興味あるのだろう。

そう感じた私は、今度そういう授業をしてみたらどうだろうか?
と、このカリキュラムを統括している先輩に進言してみた。

勿論、すでにある程度の枠組みが出来ているクラスもあるでしょうから
比較的自由度の高いクラスがあれば、と


そう、私達サロンワーカーが考える【美容道徳】みたいなコマが作れるなら、私は活躍できるような気がする。


もしかしたら、そんな授業が出来るかもしれない。


もし本当に出来たら面白そうだなぁ
プロフィール

仲野 蓮

Author:仲野 蓮
千代田線赤坂駅徒歩0分の美容室ティアマットTiamat)の社長であり、トップスタイリストでもある蓮(ハスではない、レンと読む)は、「ちょっとした」文でさえとっても長いのが特徴です。プロフィールはこちら

コラム:ティアマット社長 蓮が美容業界を語る こちらもよろしくお願いします。


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